愛媛大学政治思想研究会

大学非公認のインカレ学術サークル。政治思想を中心に人文社会科学について学んでいます。

映画『ライフ・イズ・ビューティフル』上映会

 1997年のイタリア映画『ライフ・イズ・ビューティフル』を観ました。さる方のご厚意で、オフィシャルな会場をお借りした上での上映だったため、飛び入り参加などを期待していたのですが、残念ながらゼロでした。今後も開くかもしれませんので、今回行きそびれた方は、その時にでもぜひ。

 さて、肝心の映画について、管理人の感想を若干述べていきます。

 まず、本作を観た動機から。体験入会中のメンバーから薦められたことが直接のきっかけでしたが、内容的にも興味深いものだと感じたところがあります。というのも、本作は第二次世界大戦中のユダヤ系イタリア人を描いた物語なのです。

 一般的に、ユダヤ迫害といえばドイツを念頭に語られます。しかし迫害自体は、実のところヨーロッパ全域で進行していました。イタリアにおいても、ムッソリーニ政権がドイツと接近する(当初はどちらかといえば緊張関係にありました)につれ、ユダヤ系の国民に対する差別政策が進みますが、伝統的に見れば、イタリアはそれほど反ユダヤ主義の盛んな地域ではありませんでした(おそらく古代以来、イタリア半島が国際的な商業圏として栄えてきた経緯が、背景にあるのでしょう)。

 第二次世界大戦の半ばにイタリアは降伏しますが、イタリア半島が敵国の手に渡るのを恐れたドイツのヒトラー政権は、拘束されていたムッソリーニを救出、彼を元首として半島の北部に傀儡国家を樹立させます。その後確かドイツが降伏する間際まで、この傀儡国家はドイツ軍の抵抗もあり、しぶとく存続していたと思います。

 『ライフ・イズ・ビューティフル』の主人公たちは、そんな大変な時期に北イタリアで暮らしていたのでした。このような歴史的背景を知識としておさえておけば、本作は更に楽しめると思います。なぜイタリアに異様にドイツ兵が数多くいたのかも、戦争の推移と密接に関わりがあるのでした。

 前置きはこの辺りで、感想をいくつかあげていきます。

 まず、作品前半での独裁国家らしからぬ当時のイタリア社会の「明るさ」が印象深かったです。もちろん、そのムードは主人公の喜劇的な才能というか人格に支えられているところが大です。しかし、第二次世界大戦直前だというのに、周囲の住民もそれほど深刻な様子ではなく、むしろ朗らかに日常生活を過ごしています。数年前にイタリアはアフリカのエチオピアを戦争の末に領有することに成功しており、国民の感覚としてはむしろ「戦勝後」だったのかもしれません。戦争への危機感は、現実に領土問題を抱えていた、アルプス以北のドイツや東ヨーロッパ諸国の方がより強かったでしょう。

 大戦直前にイタリアはドイツと同盟を結んでいたからか、すでにユダヤ系の主人公に対する蔑視や攻撃も見られますが、全体としては、ユダヤ系の移民男性と在地のお嬢さまのハチャメチャな恋愛劇が展開します。さすがイタリアというべきか、男性のナンパなアプローチが見ていて気持ちいいですね。

 また、政治に具体的に口出しさえしなければという留保はあるものの、戦時中の日本のように四六時中官憲が歩き回っているような重苦しい管理社会ではなさそうで、この辺は実に過ごしやすそうでした。自由と平等を建前に、国民を過酷な経済競争に追い立てるリベラルな資本主義先進国より、逆らいさえしなければ衣食住と娯楽を最低限保障する権威的な資本主義社会の方が、大多数の「普通の人」にとっては気が楽でしょう。

 松尾匡他『そろそろ左派は経済を語ろう』といった近年の社会評論の議論を念頭に思いますが、政治を倫理的に善悪で裁断することに夢中な、「財産と教養」のあるインテリの人々は、その日暮らしにカツカツな民衆の機微に、どの程度想像をめぐらせているのか。ムッソリーニ政権は少なくとも工業や農業など各種産業の生産力を統制経済で向上させ、国民の支持を獲得していました。安倍政権がムッソリーニ政権とそっくりだとは思えませんが、少なくとも景気回復を掲げる現政権に対して、「政治的な腐敗」を断罪して事足れりとする今のリベラル派の世論は、伝統的な「自民党嫌い」の文化を超えていないでしょう。

 さて、後半からは、主役の男女が結ばれて一人息子を授かります。後半戦で印象的なのは、父親が息子に対して演じる徹底した喜劇設定です。強制収容所に連行され、苦しい生活を強いられるのは、実はゲームであり、一等賞の人は戦車に乗って帰れるのだ…。息子を絶望させまいと必死に明るく振る舞う父親の姿は悲劇的ですらありますが、ウソもここまで徹底されたら見事なもので、息子は最後までそれを信じて、過酷な収容所生活を切り抜けます。この辺りは、人生論的に、苦しい時こそ笑顔を忘れるなという素朴なメッセージ性を感じた程度でした。しかし、私自身は本当に辛い時に本作を観たので、この立ち振る舞いは結構参考になりました。

 様々な偶然が重なり、父親のウソは最終的に本当になります。その結末は実際に観て確かめるのが一番でしょう。国際的な高い評価に恥じない名作でした。