愛媛大学政治思想研究会

大学非公認のインカレ学術サークル。政治思想を中心に人文社会科学について学んでいます。

オウム真理教指導者らの死刑執行

 7月6日、オウム真理教指導者らの死刑が執行されたという。改めて世に出回っている論説を見ていると、どうやら麻原彰晃については受刑能力があったかも疑わしく、そもそもその犯行の動機について語られないままだったという。あまりにも強引な処刑であり、いたずらに時間がある程度過ぎたから実行していいとは思えない。
 これとは別に、死刑制度そのものに対する批判も国内外から出ている。死刑制度は国家権力による人間の殺傷であるが、今のところ世論調査では死刑を是認する声が多数だったと記憶している。これは「悪いことをした者は、その報いを受けなければならない」という素朴な庶民感覚であると同時に、その報復する主体としての国家権力が、自分たちを代表しているとする意識の現れだろう。
 私たち青年は「オウム以後」の生まれだが、オウム真理教の犯行鎮圧をきっかけとして、監視・管理社会化の傾向が強化されている面は否めない。詳しくは森達也氏の著作や映画に触れてほしい(個人的には未見)が、「オウムだから」という例外的な措置が、やがてなし崩し的に全社会に適用されていく有り様は、いかがなものかと思う。厄介なことに国際的な「テロとの戦い」という大義とも連動しながら、こうした傾向は強まるだろう。
 もちろんオウムやイスラム・テロリストに無責任に賛同することはあり得ない。が、本来、内面ではなく行為のみを罰する法治主義、もっと広く言うなら「自由と民主主義」の理念が、「残酷行為」へのショックを引きずる形で、「怪しい者を予備的に摘発しよう」と、なし崩し的に歪曲させられているようでならない。だが、こうした治安全体主義に古典的な自由民主主義の理念を振りかざすだけでは限界があるのも確かである。
 何分、あまりにも難しい問題である。今後サークルでも議論の対象にしようと思います。